スタッフブログ

当院のスタッフが日々の様子をお伝えします。

この世に私のものは一つもない

この世の全ての愛する子供たちへ。

私は今日、この人生を通り過ぎる者として、小さな告白を一つ遺したいと思います。

毎日、顔を洗い、身だしなみを整え、鏡の前に立って生きてきました。

その姿が「私」だと信じていました。

しかし、振り返ればそれはただの一時的にまとう衣でした。

私たちはこの身体のために時間を使い、お金を使い、愛情と情熱を注ぎます。

美しくありたい。老いたくない。病気になりたくない。そして…死にたくないと願いながら。

ですが、結局この身体は私の願いに関わらず、太り、病み、老い、

そして静かに私から離れていきます。

この世で本当に「私のもの」と呼べるものは一つもありません。

愛する人も、子供も、友人も、そしてこの肉体さえも

すべては、雲のように一時的に留まるだけの存在です。

憎い縁も、美しい縁も、すべては私に与えられた人生の一部でした。

だから、避けられないなら抱きしめてください。

誰かがしなければならないことなら「私が先に」、そう思って取り組んでください。

無理やりではなく喜びの心で。

やらなければならないことがあるなら、先延ばしせず、今日、今すぐに行いましょう。

あなたの前にいる人に、あなたの全ての心を注いでください。

泣けば解決するでしょうか?

怒れば良くなるでしょうか?

争えば勝てるでしょうか?

この世の出来事は全てそれぞれの流れに従っています。

私たちができるのは、その流れの中で少しの余白を与えることです。

少しの譲り合い。

少しの思いやり。

少しの控えめさ。

それが誰かにとって温かな息抜きとなります。

そして、その温もりが世界を再び包み込む力となるのです。

今、私は旅立つ準備をしながら、この言葉を遺したいと思います。

「本当にありがとう。」

私の人生に触れてくれたすべての人々へ。すべての縁へ。

そして、この美しい世界へ。

「私と縁を結んでくれたすべての人々に心から感謝します。」

静かに振り返ると、この人生は感謝に満ちた奇跡のような旅でした。

どうか、あなたの人生にも、このような静かな奇跡が訪れますように。

心からお祈りしながら、この手紙を終えます。

 

この手紙は、故フランシスコ教皇が残したものです。

フランシスコ教皇は、貧しい人々、社会から疎外された人々のために尽くし

生涯、清貧な生活を貫いたそうです。

そして、亡くなられた後に教皇が残した財産は、わずか100ドル。

日本円にして、約15000円に過ぎません。

 

私は、この手紙が印刷されたものを、シスターからいただきました。

カトリック信者ではありませんので、正しく解釈できていないかもしれませんが

この手紙を読み、様々な感情が沸き上がりました。

そして今、この手紙を一人でも多くの方に読んでもらいたい。知ってもらいたいと

このブログを書いています。

 

神山復生病院は、フランシスコ教皇と同じように貧しい人々、社会から疎外された

人々のために尽くすことから始まり、今の神山復生病院があります。

 

皆さんは、この手紙を読まれどう感じられましたか?

この手紙をどうか、ゆっくりと心で読み、深く味わっていただければと思っています。