記念館の歴史

復生記念館正面 [2006年3月、国の登録有形文化財(建造物)に登録]

復生記念館正面。
2006年3月、国の登録有形文化財(建造物)に登録。

テストウィド神父

テストウィド神父

レゼー神父

レゼー神父

病院の歴史を俯瞰できる年表

病院の歴史を俯瞰できる年表

大正時代の在院者さんの様子

大正時代の在院者さんの様子

祭服

祭服

祭壇、祭具一式

祭壇、祭具一式

岩下神父

岩下神父

井深初代婦長

井深初代婦長

井深さんの愛用品

井深さんの愛用品

1.神山復生病院と復生記念館について

神山復生病院は、1886年(明治19年)、パリ外国宣教会のジェルマン・レジェ・テストウィド神父(1849~1891)が宣教の中、一人のハンセン病者と出会い、社会で放置された同病者の救済を思い立ち、御殿場の鮎沢村(現在の御殿場市新橋[にいはし]に家屋を借用して6名の患者を収容したことから始まりました。

その後、神山に場所を移し、日本初のハンセン病の治療所として多くの病者が治療と生活をしてきました。現在、1943年に開発された特効薬プロミンによりハンセン病は不治の病から治る病になりました。

ハンセン病への理解とここで暮らしてきた方々の歴史を後世に残すために、1897年(明治30年)に建てられて、2002年(平成14年)まで事務所として使われてきた建物を記念館として開設しました。

病院全景

病院全景

2.復生記念館の展示の御案内

展示室は、入口ロビー、右展示室、左展示室の3部屋に分かれています。

3.入口ロビー

ロビーでは、年表やテストウィド神父・レゼー神父など歴代院長の写真が飾られ、病院の歴史を辿ることができます。

記念館入口正面にあるグランドファーザー・クロックは約180年前のフランス製。レゼー神父のレゼー家より大正時代に贈られた。

記念館入口正面にあるグランドファーザー・クロックは約180年前のフランス製。レゼー神父のレゼー家より大正時代に贈られた。

 

神山復生病院の墓地

神山復生病院の墓地

2004年5月14日、岩下師と千葉師の遺骨の一部が神山に帰られました。いまでは創始者のテストウィド師、井深婦長をはじめ病院で天に召された方々と共に復生病院を見守っています。

4.右展示室

右展示室では、在院者娯楽のための楽団や劇団で使われた楽器や道具、ミサで使う祭具などを展示してあります。

在院者さん達の劇団“天国座”(大正時代)

在院者さん達の劇団“天国座”(大正時代)

昭和の中ごろまで病院内で使われたスポーツ用具・楽器類などの娯楽道具など、当時を偲ばせる物も展示しています。

昭和の中ごろまで病院内で使われたスポーツ用具・楽器類などの娯楽道具など、当時を偲ばせる物も展示しています。

5.左展示室

左展示室では、6代目院長・岩下壮一神父、初代婦長・井深八重さんに関する物や遺品、貞明皇后から御下賜された壺、御歌の掛軸、高松宮殿下、妃殿下が御来臨された時代の写真や皇室関係の文献などが展示されています。

岩下師の写真や著述書、愛用品の他、歴代院長の出版された本など多数展示しています。

在院者へ尽力された初代婦長・井深八重さんの愛用品や数々の授章記念品を展示しています。

井深八重さん自筆の書

井深八重さん自筆の書

井深婦長の授章記念品

井深婦長の授章記念品

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